○意外な出会いもあった。私の高校の在校生でご両親が牛込教会の牧師をしている方がいる。前日に保護者会があり催しを紹介したら、なんと牧師夫人は北田夫妻と同じ武蔵野音大ピアノ科出身。最前列で聴いて、旧交を温めていらした。
○「荒城の月」「見上げてごらん夜の星を」など懐メロも良く、ピアノも見事だったが、真骨頂は讃美歌の数々。神の恩寵を感じさせる明朗な賜物の声に感動。 嬉しかったのは私のブログと同じ題の「紫の衣」という歌。名曲だ。泣けた。
○♪紫の衣 いばらのかむり 血を流すまでに 鞭打たれ 静かに耐えられる その姿
なぜに主よ あなたは すべてを捨ててまで この私を 愛されたのです?
(作詞作曲 谷有恒)
○「先生、この人が目が見えないのは、本人が罪を犯したからですか。それとも両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の栄光がこの人に現れるためである。」(ヨハネ伝)
○主がこの取っ手のない土の器を選ばれて、この賜物を下された神意に思い至る。歌の合間に関西弁で親父ギャグを交えて語る証から、楽しいユーモアと裏腹に、重い試練と闘ってこられた不屈の精神を伝えられ、励まされる思いがした。
○もうひとつ感心したのは、点字の働きだ。点字により学びの道が広く開かれた。長年点字に携わってきた尾崎兄との親交もあったと後で聞いた。私の学校に全盲の生徒がいて毎日点字のお世話になっている。これもまた神の賜物だろう。
大田雅一